異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています
※書籍版該当部分 1巻232ページ
乗馬の練習
第一部
第36話 馬に乗りたい
ヴァンさんとシアンさんに「くれぐれも気をつけて」と言われながら管理館をでて厩舎に向かう。
「ここの馬は軍馬ですからみな気性も荒いし、身体が大きいです。リィーン殿が乗りこなすのは少し難しいでしょうね」
ヒュージさんはそう言いながら厩舎の中の馬を順に眺めている。
そして「こいつは優しいやつだから」と栗毛の馬の前で足をとめた。
優しいといわれてみると、目が優しい気がする。うん、気がするだけだけどね。
でも馬ってかしこいじゃん。だから「よろしく」って思いを一生懸命目にこめてみた。
「こいつで練習しますか」
「はい、お願いします。お願いね、お馬さん」
「イズですよ」
「イズ?」
「ええ、この馬の名前です」
「イズね。よろしくね、イズ」
うん、イズが「よろしく」って言ってくれた気がする。あくまでも気がするだけだけどね。
人間思い込みが大事なんだよ。
ヒュージさんはイズの前にある棒をはずして中に入り、イズの背に鞍を置くと手綱をとって出してきた。そのまま私を誘導して馬場へ連れて行ってくれる。
「急にうまくなれるわけはないんですから、じっくり慣れて行ってくださればいいんですよ。
今日は一人での馬の乗り降りの練習をしましょう」
「はい、せんせい」
今日は馬に乗るつもりだったから冒険者用のキュロットだからね。
やる気満々で返事をする。
ヒュージさんは馬場の端っこでイズの手綱を木の棒みたいなものにとめると、イズの横に踏み台を置いてくれた。
「踏み台に乗って、鞍に手を置きます。この時手綱も一緒に押さえておきますが今はいいでしょう。
鐙《あぶみ》に足をかけ、一気に跨ります。ゆっくりすると馬が動くので気をつけてください」
ひとつひとつ、説明しながら実際にやってみせてくれた。
うん、イメージトレーニングはばっちりよ。あとは勇気だ。
診療所の送り迎えの時、ヒュージさんやウェッジさんに馬にのせて貰う時は踏み台と馬をしっかり押さえてもらって、私が踏み台から転げ落ちないように手も添えてくれてたんだよね。
それを自分ひとりで出来るようになる。
楽勝だ……普通の人なら。
「最初は俺が押さえておきますから」
と言われてなんどか練習する。
踏み台の上からなら鐙に足が届くんだけどね、鐙ってのは鞍からぶら下がっているから体重を掛けた時にちょこっとゆれるのよね。
その揺れる足を軸にして鞍にかけた手で身体を持ち上げるわけだよ。
そして腕の力だけじゃぜんぜん無理だからよじ登るような感じでななめ上に体重移動があるわけでね、そうすると横向きに負荷がかかることを嫌がる馬が右に逃げるんだよ。あ、踏み台は左側ね。
なんどか登り降りの練習をつづけて、ヒュージさんが轡をもっていてくれたらひとりで出来るようにはなった。
すんごく時間かかったよ。イズなんてあきちゃってすごくいやそうな顔をし始めたもん。
次は乗っている姿勢をきびしく教えられる。
膝でしっかり馬の背をしめて、背筋はまっすぐ。
顎をあげない、ひきすぎない。肩に力が入りすぎです。
なんていわれつつ、やっと馬場に出て、かぽかぽ歩けるようになりました。もちろん轡《くつわ》はヒュージさんがしっかりもっていてくれてます。
でも馬の上に初めて一人で乗ることができたよ。
練習を続けること1刻。
ヒュージさんが轡をもっておさえてくれて一人で馬に乗り、馬場をかぽかぽとゆっくり歩く。
ぐるっと1周まわって帰ってくる。
イズも心得ていて、ちゃんと踏み台の横に停まってくれるのだ。
そして一人で降りる。
ここまで出来るようになりました。
「少しはさまになってきたな」
ヴァンさんが様子を見に来てくれた。
「ヒュージさんの厳しい指導のたまものです」
「ずいぶん姿勢がよくなりましたよ、リィーン殿」
ヒュージさんにも褒められてちょっとうれしい。
もっと練習したらいつかは街の外を馬に乗って疾走できるようになるのかもしれない。
すごく遠い未来だけどね。
「慣れてきたら診療所の送り迎えは馬にひとりで乗ってもらうようにできるな」
「うん! 頑張ります」
なんども練習しなきゃね。
でも馬に乗るのも楽しいかもって思えるようになった。最初はちょっと怖かったからね。
「イズもありがとね」
首のところをなでてやる。くっ、おめめがきれいな美人さんだ。オスだけどね。
ヴァンさんとヒュージさんと話しながらイズを厩舎に連れて帰る。鞍をはずして水をのませ、すこし鼻や首を撫ぜているとちょっとはイズとも仲良くなれた気がした。
「明日もくるか?」
「はい、お願いします」
図書館にいきたかったけど、図書館はあさって一日あるからいいや。
身体が覚えているうちにもうちょっと馬になれたい。
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